事実婚の夫婦が遺産相続のために準備すべきこと
事実婚(内縁関係)の夫婦は、法的な婚姻関係にある夫婦とは異なり、遺産相続に関して大きな制約がかかってしまいます。日本の法律上、事実婚のパートナーに相続権は認められませんので、長年にわたって夫婦同然の生活を送っていたとしても、一方が亡くなった際に法的な保護を受けることができません。
しかし、適切な事前準備を行うことでパートナーに財産を承継させることは可能であり、事実婚の夫婦が直面するさまざまな課題にも対処可能です。
事実婚の夫婦が直面する問題
事実婚とは、婚姻届の提出はしていないものの、夫婦同様の関係性にあることを指します。
法的に配偶者と認められないことに由来し、相続の場面においてもいくつか社会制度上の課題に直面することがあります。
相続人になれない
事実婚のもっとも大きな問題は、パートナーに対する相続権が認められないことにあります。
内縁の妻(夫)に相続権はなく、どれだけ長い間一緒に暮らして夫婦同然の生活をしていても、相手方名義の不動産や預貯金などの遺産を相続することはできません。民法では相続権を持つ方を「法定相続人」と呼びその範囲を定めていますが、ここでいう「配偶者」とは法律上婚姻関係のある配偶者に限られているため、内縁関係の配偶者は法定相続人にはなれないのです。
そこで内縁関係の配偶者が亡くなったときは法定相続人へとすべての財産が相続され、内縁関係者に原則として一切の財産が残されません。
※「特別縁故者」に該当することで財産を引き継ぐことができるケースはある。特別縁故者とは、亡くなった人との特別な関係性を理由に、遺産を受け取る権利を得る人物のこと。特別縁故者と認められるには少なくとも「法定相続人がいない」という条件を満たし、そのうえで家庭裁判所での申し立てをしなければならない。
※相続人以外でも、介護をしていたなど一定の事由により「特別寄与者」として財産を受け取る権利を得られることもあるが、特別寄与者になれるのは亡くなった方の親族に限る。親族ではない内縁の妻・夫には特別寄与料は発生しない。
税制上の優遇措置が受けられない
法律上の婚姻関係にあれば、配偶者が受け取る遺産に関してさまざまな優遇措置が用意されています。
税金の負担も大幅に軽減されるところ、内縁関係の配偶者には適用がありません。
たとえば相続税には「配偶者控除」の仕組みがあり、法定相続分までは相続税の納付が必要ありませんし、法定相続分を超えたとしてもその価額が1億6,000万円を超えなければやはり控除により税負担は発生しません。
事実婚のままだと、法律婚の夫婦が享受できる各種税制優遇措置を受けることができず、経済的な負担が重くなる可能性があります。
子どもとの法律上の父子関係
事実婚の夫婦の間に生まれた子どもは「非嫡出子」となり、法律上の夫婦の子である「嫡出子」とは法的な扱いが異なります。
嫡出子であれば父親との親子関係が認められ、当然に法定相続人となることもできます。
一方、非嫡出子は法律上父親との親子関係が認められていないため、父親が亡くなっても相続権が認められません。
遺産承継に向けて準備すること
以上の問題点を踏まえて、事実婚のまま遺産相続に備えたいという場合は以下の取り組みを検討してください。
遺言書の作成による遺贈の備え
遺産を受け取ることができる人物は、相続人のほかに「受遺者」がいます。
受遺者とは遺言書の効力として行われる遺贈の受け取り手のことで、受遺者となるのに特別な資格は必要ありません。
親族でなくとも受遺者になれますので、内縁関係のパートナーを遺言書で指定して財産を渡すようにしておけば、遺産承継が実現可能です。
また、遺贈は基本的に遺産分割協議に優先しますので、もし法定相続人全員が遺贈に反対の立場を示しても受遺者は遺言に従い遺産を取得できます。
生前贈与の活用
遺贈の場合は相続開始後に財産の所有権が移転します。
亡くなる直前まで所有者が自分で管理したい場合には適していますが、そうでないなら「生前贈与」を行うことも検討しましょう。
生前贈与は相続開始より前に贈与を行うことを意味し、贈与者と受贈者の双方が契約を交わして財産の無償譲渡が行われます。
そのため贈与者が財産移転の手続きに参加でき、確実に渡しておくことができます。
生前贈与で不動産を渡しておけば、死後も内縁の妻・夫の住まいを確保することも可能です。
※賃貸の場合、借地借家法第36条により、借主が亡くなってもその内縁の配偶者に借家権が承継されるケースがある。
そのため借主が亡くなったとしても常に立ち退きを強制されるわけではない。
なお、生前贈与を行うときは贈与税に注意してください。
相続税より割合負担が重いため、贈与税の仕組みをよく理解して贈与を行わなければ過大な負担が生じてしまいます。
生命保険の活用
事実婚のパートナーを死亡保険金の受取人に定めることで財産を残す方法もあります。
一般的に死亡保険金の受取人は、配偶者や兄弟姉妹など、2親等以内の親族となりますが、一定条件が揃えば事実婚のパートナーを受取人に設定することも認められます。
子どもの認知
上述のとおり内縁の妻との子どもは原則として父に関しての相続権を持ちませんが、内縁の夫が子どもを「認知」することでその子どもとの父子関係が構築されます。そのため子どもは相続人となることができます。
認知された子どもとは別に子どもがいたとしても、その兄弟間での相続分に変わりはなく、取り分について損をすることもありません。
認知の方法には「役場で認知届を提出する方法」「遺言書で認知する方法」「認知を強制的に認めてもらうよう家庭裁判所に申し立てる方法」があり、いずれの手段であっても認知が認められれば子どもに相続権が生じます。
なお、事実婚の夫婦間で子どもが生まれたとき、母親と子どもは法律上の母子関係が構築されますので認知などの手続きを行う必要はありません。
遺言書作成時の注意点
事実婚のパートナーに遺産を遺贈する場合であって、ほかに推定相続人がいるときは、遺贈する財産の割合に注意してください。
一定の相続人(被相続人の子どもや親など)には「遺留分」が法的に認められています。
遺留分とは遺産のうち遺留分権利者に留保された取り分を意味します。たとえば1,000万円の遺留分が認められている場合において、遺贈が原因で600万円しか受け取れなかったときは、受遺者が400万円分の請求を受ける可能性があります。
そこで遺留分の仕組みも踏まえて遺言書を作成することが大事です。
遺留分の侵害は違法ではありませんが、内縁関係のパートナーと親族が揉めるリスクを回避するなら遺贈する財産の大きさには配慮すべきでしょう。